「人と人とのつながりを大切に」 宮崎の伝統芸能 神楽後継者としての想い
2018年4月24日
宮崎で400年以上続く伝統芸能”狭野神楽(さのかぐら)”。
今回は、霧島山のふもと宮崎県高原町(たかはるちょう)に伝承される狭野神楽の舞手である久保田恭平さんに、神楽を始めたきっかけや後継者としての想い、今後の展望などを取材してきました。
宮崎を代表する伝統芸能 神楽とは
宮崎の伝統芸能である神楽は、県内各地に伝承されています。
久保田さんが舞う狭野神楽(さのかぐら)は、高原の神舞(かんめ)のひとつとして、高原町狭野地区に古くから伝承されている神楽です。
国指定重要無形民俗文化財として登録されており、毎年12月第1土曜日に狭野神社第2鳥居前にて奉納されます。
狭野神楽についての記事はこちら:天孫降臨の地 高原町を舞台にした“狭野神楽”の舞台裏をレポ!!
ひとつひとつの舞を”ちゃんと”伝えていく
インタビュアーである私自身が今回の舞台となる狭野地区に移住したということもあり、久保田さんとは同じ行政班でお世話になったり、主人が神楽に参加させていただいたりと、家族ぐるみで交友を深めてきました。
今回そういったつながりから取材をさせていただく機会をいただき、改めて久保田さんに神楽についてのお話しを伺いました。
―神楽を始めたのはいつからですか?
「小学一年生くらいの頃だったと思います。父と兄がしていたという影響もあり、神楽をするのが当たり前という環境で育ちました。高校卒業後、しばらく狭野を離れていた間以外はずっとやっています。」
―現在は若手の舞手として活躍されていますが、”神楽の伝統”と向き合うなかで大切にしていることを教えてください。
「今神楽を向き合い感じているのは、”ひとつひとつの舞をちゃんと伝えていく”ということです。それぞれ舞い方にクセがあったり、流れも変わってしまう部分もあるので、それを正しく次の人に伝えていきたいと思っています。新しいものを生み出すというよりも、そのままを大切に伝えていくということ。
ただ、僕は前に舞った方や昔舞ったことのある方に教えてもらうことも大事だと思っていて。その中で、今まで話したことのなかった人ともつながりができるんですよね。人と人とのつながりが伝統の神楽を伝承していくうえで大事だと思っていますし、そのつながり自体が価値のあるものだと思います。」
もっと多くの人に伝統の狭野神楽の魅力を伝えたい
地元に戻り改めて伝統に向き合うことで、感じることも多いという久保田さん。
―久保田さんにとって神楽とはどんなものなのでしょう。
「あって当たり前で、なくてはならないものですね。昨年は地割(じわり)と一人剣(ひとりつるぎ)という、どちらも45分ある舞をさせてもらって。舞い続けるのはきついですけどね(笑)。大事な役割をさせてもらってるなと思います。父もそうですけど、上の方が残してきたものを正しく引き継いで、次の世代に受け渡していきたいです。」
―今後取り組みたいことなどはありますか?
「もっと多くのお客さんに見てもらいたいですね。ひとつひとつの動作や、神楽歌にこういう意味があるということも一緒に伝えていけたらと思っています。
例えば、神楽を舞う前に”浜下り”という儀式があるのですが、神社から神様をお呼びして神輿(みこし)で舞庭まで降りてきていただくという意味があります。
こうした神楽全体につながる”流れ”を理解しながら、その意味まで伝えていけたらお客さんの神楽の印象も変わるのではないかなと。お客さんに狭野の伝統をわかりやすく伝えていきたいです。」
宮崎の伝統芸能”狭野神楽”の雰囲気をふるさと納税で
狭野神楽の後継者である久保田さんは、米や野菜作りに携わる若手農業者でもあります。
久保田さんの作るお米は、狭野地区の発展と神楽の伝統を名前にかけた”狭野ノ神米(さののかんめ)”としてふるさと納税返礼品でお選びいただけます。
狭野ノ神米(さののかんめ)の取材記事はこちら:未来へと広がる起点を創るために~意地と行動力で成し遂げるこだわりのお米をレポ~
(インタビュアー・文:北原 優美/ライター)