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高原町の文化

高原

九州・沖縄では、地名や名字など、「原」と書いて「ハル」と読ませる事が多いらしい。
宮崎県では、地名は「西都原(さいとばる)」や「新田原(にゅうたばる)」「別府原(びゅうばる)」、名字は一時期有名になった「東国原(ひがしこくばる)」などなど。これには、韓国語が起源など諸説あるが、今以てはっきりしない。
ちなみに、承平5年(935)頃に成立したと云われる『倭名類聚抄』を見ると、今の高原町周辺は「諸縣郡春野郷」に含まれていたようである。この「春」を「原」に直すと「原野」。昔はだだっ広い原っぱが続く地形だったのかもしれない。

高原の地形

この地形は、宮崎県と鹿児島県境にある霧島連山の火山によるものである。霧島連山は、大小20以上の火山で構成され、約50~60万年前から噴火をはじめ、記憶に新しい平成23年の新燃岳噴火など、今も活発に活動を続けている。

今から2万数千年前、今の鹿児島県の錦江湾周辺で噴火が発生、非常に大規模な火砕流が南九州一帯を覆い尽くした。「入戸火砕流」と呼ばれており、今見られる「シラス」がその名残である。その火山灰は、遠くロシア近海や朝鮮半島まで確認されている。
火砕流で覆われた後、雨などの作用で、今の南九州に見られる「高い台地」「迫と呼ばれる深い谷」地形ができあがった。高原も然り。

高原町

高原町は、南九州の霊峰「高千穂峰」の東麓に位置する。市街地の標高が約200m前後と周囲より少し高い場所にある。夏、宮崎市辺りから来ると、次第に涼しくなる感覚を味わえる。
1年の中で夏が一番長い。そして、太陽に近い分、当然暑い。しかし、10月頃から朝晩の寒暖差が激しくなり、冬は「南国宮崎」の名を返上したいほどの寒さで、1日中溶けない霜柱を見るのも当たり前になる。原因は「霧島おろし」と呼ばれる、霧島連山から吹き下ろしてくる風である。
その代わり、春は早い。2月ぐらいから菜の花が咲き誇る。なぜか杉も真っ赤になる。花粉症患者には一番つらい時期の始まりである。3月、桜が一斉に早い時期には3月下旬には終わってしまう。それから、長い夏の始まりである。